2010年1月 2日 (土)

元日に……

 明けましておめでとうございます。

 今年は少しこまめに更新しようと、年の初めにあたり決意を新たにしました。
 いつまで保つか分かりませんが。

 ぼくは毎年、その年のテーマを漢字一文字で決めます。
 もう十年以上、そんなことをやっています。
 で、今年のテーマは、「照」です。
 何を照らすのか、何が照るのか、まだ良く分かっていませんが「照」です。
 一気に薄くなった頭のてっぺんがついに「照」だったりして。

  元日に満月を拝むへそまがり

 もう去年のことになりますが、年越しライブ、とても楽しかったです。
 来てくれた方々、ありがとう。
 小川高生さんのアルトサックス、やっぱり良いです。
 生で聴くのは初めてだった澤田一範さんのアルトサックスもすばらしかった。
 お二人のデュオをもう一度聴きたくて、近々、またライブを企画します。

 今年もこのブログの締めは牧水です。
 正月なので勢いのあるところを――

  いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるや 牧水

 佳き年となりますように。

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2007年2月12日 (月)

メデタキコトバカリ

 先月、甥っ子が結婚したことは前に書いたが、5月に子どもが生まれるのだそうだ。我が子同然に思ってきた甥っ子なので、まるで孫が生まれるように心が躍る。メデタイ!
    *
 先週、女優をやっている友人が話しがあるとやってきた。
「子どもができました」
 ぼくの子って意味じゃないよ。
 しばらくは出産と育児に専念するとの報告だった。予定日は9月末だそうだ。メデタイ!
    *
 先日、ひさしぶりに大森の「いっこう」へ行った。
 二輪のレースをやっているT君が長男と次男を連れてやってきた。長男のお嫁さんも一緒だった。その奥さんのお腹が大きい。尋ねると6月に出産予定だそうだ。メデタイ!
    *
 信州の友人よりメールが届いた。
 小津安二郎記念蓼科高原映画祭が第1回シネマ文化賞(主催・シネマ夢倶楽部)を受賞したそうだ。
 蓼科高原映画祭については以前も書いたように『Breath Less』も『わらびのこう』も上映してもらった。今年は10周年を迎える。
 Yさん、Hさんはじめ実行委員の皆さん、おめでとう!
 表彰式は22日だそうだ。メデタイ!
    *
 年初より体調思わしからず、生まれて初めて経験する痛みなどもあったが、ようやく快復した。いまは40日ぶりに無罪放免された気分だ。
 その間、芥川龍之介全集の第2巻と5巻と7巻を読んだ。順序よくできない性格なものでいまは第1巻を読んでいる。とりあえずメデタシ。

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2007年1月19日 (金)

初春月雑感

 元旦より体調すこぶる悪し。
 これは母親譲りか。ぼくの母は元旦によく寝込んだ。年中無休で店(お茶屋)を開いていた。その疲れが正月休みに出るのだろうと子どもながらに思った。
 身体の具合も悪いが懐具合はなおさら悪い。寝正月を決め込むにしくはなし。
     *
 目が覚めると男が立っていた。
 金属バットを下段に構え、いまにも打ち込んできそうな気配だ。目が殺気立っている。
 ぼくは慌てて立ち上がり、防御のために電気スタンドを手探りで探す。しかし掴んだのは電気毛布のスイッチだった。無防備のまま男の前に立ちつくした。目を逸らしたらやられると思った。
「これは夢だ。夢だ。夢だ」
 男の目を見据えたまま、ぼくは叫びつづけた。
 すると男の姿は、ゆっくりと時間をかけて溶けるように部屋の暗がりに消えていった。
 なんちゅう初夢だ。まだ夜明け前だった。
     *
 今年のテーマと目標を決めた。
 テーマは、“音”
 毎年、漢字一字をテーマとしている。昨年は「恕」だった。怒ではありませんよ。
 目標は──、
1.毎日脚本を書く。
2.毎日辞書(書籍)を使う。
3.牧水と龍之介の全集を読破する。
     *
 7日、万年筆のメンテナンスのため新宿・伊勢丹へ行く。
 セーラー万年筆が「ペン・クリニック」を開くのだ。モンブランのマイスターシュティック149と大橋堂の手作り万年筆を持って行く。いずれも20年のつきあいになる。感情をそのままぶつけるぼくの筆圧をよく受け止めてくれている。さぞ閉口していることだろう。
 ペンドクターのKさんがちょっと手を加えただけで、見違えるほど書き味が良くなった。うれしくなってカフェに飛び込み、原稿用紙に龍之介の文章と牧水の歌を書いてみる。繰り返し書く。気持ちがいい。満席のカフェでひとりほくそ笑んでしまった。万年筆の書き味も快楽のひとつだとしみじみと思う。
 以来毎日、龍之介の文章と牧水の歌を原稿用紙に書いている。
     *
 10日、……偶然にすぎないけれどね。
 夜、食料調達のため町田駅付近まで行くことにした。ところが100メートルも歩かないうちに胸が痛みだした。恋の病じゃなくて、胸が焼けるように痛い。いいえ、胸焼けでもなくてね。歩けなくなってその場に座り込んだ。諦めて自宅に戻ることにした。痛みは1時間ほどで治まった。ニュースでも見ようとテレビを点けた。
 ところで、我が家と町田駅の間には、森林公園と見紛うような木立の多い公園がある。春の桜、初夏の青葉がとても気に入っている。国際版画美術館があるのもいい。その公園の中程を横切る公道を、町田駅への行き来にぼくは使う。
 で、テレビを点けた。ニュースを見た。先月、新宿と渋谷で切断された男性の遺体が見つかった事件を報じていた。今夜その男性の頭部が発見されたという。発見された場所が、ぼくが歩けなくなったところから5分ほど先へ進んだところだった。
 翌日、その地点へ行ってみた。捜査はすでに終わったようだが、ブルーシートは張られたままで警備の警察官が立っている。その傍を小学生たちが集団下校していく。なぜこんなところに遺棄したんだろう。一刻も早く遺体を手放したかったということだろうか。
 報道によると、容疑者は町田に土地勘はなかったと供述しているという。また遺棄したのは先月17日の昼間だったらしい。
 その日の自分の行動を日記で調べる。遅い午後、その道を歩いていた。ぼくは容疑者とすれ違っただろうか。
 愛が憎しみに、喜びが悲しみに、そしてその逆も、人は常に変化しつづけているのだろう。牧水の歌が浮かぶ。

  とこしへに解けぬひとつの不可思議の生きてうごくと自らをおもふ 牧水

     *
 部屋の配置を換えた。
 仕事机の位置を思い切って変えた。部屋が幾分広くなったように感じる。気分が少しだけ軽くなった。
 それにしても驚嘆するはパソコン関連機器のコードの夥しさよ。
     *
 16日、監督の友人と会う約束をしていたが胸が痛んで動けない。
 新年早々、友人との会合をいくつかキャンセルしている。いかんいかん。
     *
 17日、別れた嫁さんの三回忌。
 出しゃばってはいけないと、ひとり静かに冥福を祈る。

  書き終へしこの消息のあとを追ひさびしき心しきりにおこる 牧水

     *
 明日(20日)、帰郷する。
 甥っ子の結婚式だ。帰郷するたびにサッカーボールを蹴り合った坊主があっという間にぼくの背丈を抜いて、大人になってもぼくのことを「兄ちゃん」と呼ぶ。
 披露宴では、両家を代表して謝辞を述べることになった。その雛形を式場からもらったがどうも気に入らない。あれこれと考えて、ここはやはり牧水の歌を一首、盛り込むことにした。

  手をとりてわれらは立てり春の日のみどりの海の無限の岸に 牧水

 そうだ。誰もが春の日のみどりの海の無限の岸に立っている。

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2006年11月29日 (水)

山一のしいちゃん

 このブログに時折コメントをいただいているなななかばさんは、ぼくにとっては先輩映画監督である。もう10年を越すお付き合いをさせていただいている。
 まだe-mailがない時代、パソコン通信で将棋を指したりした。一手ずつメールで送るのだ。勝負がつくのに3ヶ月ほど要した。いまでは隔世の感がある。
 作品の批評をめぐって口角泡を飛ばすことも度々だ。殊に脚本の作り方についてはかなり考え方が違うように思う。そのくせ新しい脚本を脱稿すると、ぼくは誰よりも先になななかばさんの意見を求めるのを常としている。

 なななかばさんの母上がお亡くなりになって一周忌がやってきた。
 それを機に、なななかばさんは母上の詠まれた短歌を一冊の本にまとめた。私家版である。
 表題に『命いとしみ』とある。扉を開くと、巻頭に一首ある。

  8キロもやつれて退院せし此の身命いとしみ口紅をさす

 87歳の御作である。
「口紅をさす」がいい。女性はいいなあ。男のぼくは、87歳の時、命いとしみ何をするのだろう。
 そのページをめくると一葉の写真が出てきた。傷ついたセピアの画面の中で若い女性がじっとこちらを見つめている。断髪、傾けてかぶった帽子に洋装、軽くとじた唇にきりりと紅が引かれている。なななかばさんの母上はモガ(モダンガール)だったのだ。しかも美しい。並みの美しさではない。こんな美しい女性からなななかばさんが生まれるのかと目を疑わずにはいられない。ほんと。

「私はお転婆できかん気だったから、男の子にも負けなかった」
 と、聞き書きの冒頭に記されている。
 これは、なななかばさんの奥様が母上(義母)から思い出を聞いてメモされていたのもだ。
「すぐ上の文子姉さんが泣かされて帰ってくると、私が出て行って男の子をひっぱたいて仕返ししてやったわよ。『山一のしいちゃん』といえば知らない人はいなかったわね」
 大正3年生まれのお転婆娘・山一のしいちゃんは、松竹蒲田撮影所から女優にならないかと誘われたことが自慢で、モガとなり、東大生じゃないと結婚しないと宣言し、反対を押し切って東大生と結婚し、鉱山技師の夫と各地を転々とし、満州鉱山の支社(現在の北朝鮮)に着任中生まれたのがなななかばさんなのだ。
 やがてなななかばさんも東大を卒業し、松竹大船撮影所の助監督となる。
 面白いのは、同じ年、母上が8ミリカメラを買い、旅の記録などの撮影を始められていることだ。息子とともに映画を学ぶようなおつもりだったのかもしれない。

 母上は40半ばより、時折短歌を詠まれるようになったそうだが、好奇心は加齢とともにいや増していったように思える。もちろん病は避けられない。心筋梗塞、口腔癌で入退院を繰り返しながら、しかし、まるで病と追いかけっこをするように、未知のものを吸収されていった。
 64歳で浅紅会に入会。同時に通信教育で書道を学び、展覧会にも出品。
 74歳、大正琴を習いはじめる。
 83歳、NHK学園の岡井隆短歌教室に入学。新宿の教室に通う。「万葉集を読む会」にも入会。お茶の水へ通う。全国短歌大会にしばしば入賞する。

  我が命未だしとばかり朝顔の白菊にからみ紫に咲く

  癌を病む母を見舞はむと子をひきて出てゆく嫁の肩のあはれさ

  片手あげて角を曲がりし息(こ)のバイク音消ゆるまで門に佇む

 そうだ、なななかばさんはかつてハーレー・ダヴィッドソンを駆っていた。

  死ぬるまでこれだけの本は読みたしと書棚の前に佇ちし夫想う

  いつの間に生をうけしや金魚の子絹糸のごと藻の間に浮ぶ

 いかん。読み進めるうちに涙がにじんだ。知らぬ間にぼくの母をダブらせてしまっていた。ぼくの母は文学とは無縁の人で、商売一筋、好奇の眼をほかに移すことはなく、花登筐のテレビドラマを観るのが唯一の楽しみだった。すこぶる美声の持ち主で、女学校で全校生徒の前でしばしば独唱させられたというのが自慢だった。彼女はなななかばさんの母上よりも7年遅く生まれ、2年早く逝った。

  病室のまどは額縁日々変る浮雲の絵ぼたん雪の絵

  いくたびの病てふ敵とたたかいつ新春(はる)を迎えし命いとしき

 聞き書きに、長女(なななかばさんの姉)が生まれたときのことが語られている。
「一四年の四月だったけど、北海道はまだ雪の中だった。
 産気づいたので産婆さんを呼ばなければならないのに、仙太郎(夫)はスキーも出来ずオロオロするばかりでね。
 鉱山事務所の小使いさんがスキーで呼びに行ってくれた。
 産婆さんもスキーでかけつけてくれたけど、二時間以上も待たされてね。
 長かったわよ」

 たったこれだけの言葉に中に、人間の豊かなドラマが溢れている。生きた人の言葉のすごさだ。
 ぼくは、私家版が大好きである。市販本のような装丁が望めないのはもちろんだが、袋とじのページの折り目にも、筆者や編者の思いが閉じ込められているように感じる。
 人が生まれ、生き、死ぬ。市井の人の生涯こそが至上の芸術なのだと改めて思った。
 歌集の最後のページで、なななかばさんの母上は詠む──

  カーテンを明ければ朝日輝きてここより私の今日がはじまる

 ご冥福をお祈り申しあげます。
 なななかばさん、すばらしい本を頂戴しました。ありがとう。

     分室「立ち話屋Breathless」では、映画『Breath Less』について
     感想、意見などを立ち話しています。質問もどうぞ。
     『Breath Less』迷言集はじめました。→クリック!

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2006年8月 4日 (金)

暑中お見舞い

 暑中お見舞い申しあげます。

 TVニュースで、北海道から氷を運んで東京のビルを冷やそうという実験を報道していた。自然の中で保管しておいた氷を保冷車ではない普通のトラックで運ぶのである。
 江戸時代、北国の藩の氷室から真夏の江戸城に氷が献上されていたというのを読んだ記憶がある。
 電気やオイルを使わずに冬の氷を保管する知恵、溶かしてしまわずに運ぶ知恵、すごいすごい。
 数年前、山形県の飯豊町では、冬に大量の雪を保管しておいて、夏に雪合戦をやるのが恒例行事になっているという話を聞いて感動した。
 雪国では災害の因となりかねない厄介者の雪で夏の都市を冷やす。そんな古くて新しいアイデアが真剣に考えられて良いのかもしれない。
 ところで我が家のエアコンの設定温度は30度になっている。がんばって下げないようにしている。このままで、この夏を乗り越えられるか……ちょっと自信ないかな。
 それにしたって狭い我が家を冷やすために周囲に温風を吐きだしていることには変わりない。ベランダの室外機に罪悪感を覚えてしまう夏の朝であります。

 天然の冷蔵庫だなを聞きたくて父と市バスに揺られとります 斉藤斎藤

 話は変わりますが、広島のみなさん、すみません。
 横川シネマでの上映期間中、広島へ伺うことができなくなりました。
 すみません。
 でも、ぜひ、感想を分室にお寄せください。
 必ず返事を書きます。たくさん話をしましょう!

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