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2006年11月15日 (水)

そわそわ

 落ち着かない。そわそわしている。
 理由は分かっている。頭の中で牧水さんが騒いでいる。

 大正7年11月12日~26日(29日の説もある)、牧水は群馬県を旅した。その旅を5本の紀行文にしている。
「利根の奥へ」
「みなかみへ」
「利根より吾妻へ」
「吾妻川」
「吾妻の渓より六里が原へ」
 がそれだ。
 牧水の紀行文はどれを読んでも面白い。そのなかでもこの5本は、ぼくにとっては珠玉だ。この旅を自分の足でなぞってみたい。脚絆を巻いて草鞋を履いて、牧水と同じように徒歩で。
 しかしいまは乗合馬車がない。タクシーで代用するのはつまらないから自転車にしようかなどと考えている。

 今日(14日)、牧水はどこにいただろう──
 毎日紀行文のなかのその日を読み返している。
 併せて書簡集からその日の手紙を探す。

 前日、沼田駅から乗合馬車で小日向へ行き、徒歩で湯原に到着。藤屋という旅館に泊まった。
 14日は雨だ。牧水は湯原に留まり、ゆっくりと湯につかって休むことにした。
 朝7時半、妻の喜志子宛に「これから原稿用紙を取り出そうといふ処だ」と葉書を書いている。
 旅中の牧水は日に2通も3通も妻に手紙を書いている。まるで携帯メールみたいな頻度だ。

 午後、雨の湯原を歩く。
 料理屋の軒燈や腰障子がいくつも目につく。昼間だというのにどの店も酔った男達でにぎわっている。たいていは草鞋履きのまま踏み込む大囲炉裏のある座敷で、自在鉤に吊されているのは豚鍋らしい。囲炉裏を囲んだ大男たちの間に、銀杏返しに結った女たちが挟まっている。
 ここで牧水は書いている。
「私も元来斯ういふ場所は好きである。が、流石に一人では入っていく勇気がない」
 牧水のこういうところが、こう書けるところが、ぼくは好きなのだろう。

 夕方、風呂で材木商の男から山の話を聞く。
「山の売買、木材の容積の量りかた、それからの喧嘩、1日七八両も取ってゐて年中前借から前借せねば暮して行けぬ山師共の生活、さうした珍しい話に心を惹かれ夕食をばこの人と一緒にする事にしたが、二三本飲んでゐるうちに彼は早やその前借連中に呼び出されて他へ出かけて行った。私も誘はれたが、矢張り勇気が無かった」

 深夜に目を覚ますと、恐ろしい風が吹いている。
 しかしこれで明日は晴れるだろう、と牧水は思うのだった。

 ところが、牧水の予想はよく外れる。
 次の日は雪混じりの雨だった。風に乗って頻りに木の葉が飛んでくる。
 牧水はもう1日湯原で休むことにした。
 朝7時、喜志子宛に葉書を書く。
「原稿、昨日、丁度十七枚書いてやめておいた、あと十八枚を今日これから書くのだ、歌がしきりに出かけて来るが、原稿の出来てしまはないうちは困るから一生懸命それを押さえているところだ」

 実はこの旅の旅費を、牧水は出版社からの前借りで賄っていたのでした。

 のちに、このときの材木商のお孫さんが嫁いで猿ヶ京ホテルの女将となり、ホテルの苑内に文学館(三国路与謝野晶子紀行文学館)を建てることになります。
 牧水の生原稿を蒐集されているそうです。
 幼いころ祖父の膝の上で牧水の話をよく聞かれたそうだと、牧水の弟子で研究者の大悟法利雄氏が書かれています。

 この旅での歌ではないけれど──

  旅ゆけば瞳痩するかゆきずりの女みながら美からぬはなし  牧水


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