« 「讃岐映画村」 | トップページ | いったいどんな値が? »

2006年5月 1日 (月)

久方ぶりの牧水

  ただ恋しうらみ怒りは影もなし暮れて旅籠の欄(らん)に倚るとき  牧水

 電車の中で久しぶりに牧水を読んだ。
『Breath Less』が公開されてからというもの、書物の開く余裕すらなかった。
 明治41年7月刊行の処女歌集「海の声」の一首である。
 この年、牧水は早稲田大学を卒業している。大学卒業と同時期に処女歌集を刊行したのだからすごい。しかし、印刷の途中から出版社の都合で自費出版となり、牧水は大きな借金を抱える。宣伝も思うに任せず、この歌集は売れなかった。翌年、残本はわずか8銭で古本屋に売却された。
 しかしこの歌集には、のちに牧水の代表作として長く愛唱されることになる歌が数多く収められていた。

  白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

  けふもまたこころの鉦をうち鳴しうち鳴しつつあくがれて行く

  幾山河(いくやまかわ)越えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日も旅ゆく

 で、冒頭の歌である。ぼくはこの歌の直線的な思いが好きだ。
 九州を旅しながら、東京に残した恋人を思っている。園田小枝子との交際が始まってまだまもないころだったのだろう。
 電車の中で、ふと疑問が湧いた。「うらみ怒りは影もなし」が妙に気になる。なぜ「うらみ怒り」だったのか。
 旅にあこがれて、旅をしているのに、ただただ彼女が恋しいという直線的な思いの歌である。打ち消して強調する材料として「うらみ怒り」を持ってこなくてもよかったのではないか。例えば、旅路の風景も目に入らない、でもよかったのではないか。
 現に以下の歌がある。

  海見ても雲あふぎてもあはれわがおもひはかへる同じ樹陰(こかげ)

 旅路の海を見ても空の雲を仰いでも、私の心はあの樹陰に帰ってしまう。
 歌人・伊藤一彦氏は、「同じ樹陰」とは小枝子と語らった武蔵野の樹陰ではあるまいか、と想像されている。
 では冒頭の歌では、牧水はなぜ「うらみ怒り」と着想したのだろう。
 分からない。
 小枝子との仲が思うようにいかなくなるのは、「海の声」を出版した年の暮れあたりからだ。それから3年あまり、牧水は嫉妬と猜疑と執着に懊悩することになる。
 もしやその前兆のようなものを、恋の始まりにおいて、牧水は予感していたのか。
 だからこそ「影もなし」と打ち消さざるを得なかった、というのは穿った見方だろうか。
 分からない。
 また分からないことがひとつ増えた。
 一段落したら、宮崎へ行こう。宮崎へ行って伊藤一彦先生に教えを請おう。
 こういうことは手紙やメールではどうにもならない。
 ポレポレ東中野のロビーにお客さんが集まり始めたので、今日はここまで、書物を閉じてデイパックに収めた。

|

« 「讃岐映画村」 | トップページ | いったいどんな値が? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/168130/9840013

この記事へのトラックバック一覧です: 久方ぶりの牧水:

« 「讃岐映画村」 | トップページ | いったいどんな値が? »