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2006年4月21日 (金)

清水美那ちゃんのこと

Shimizu001_1

『Breath Less』のもうひとりの主人公は恵美子(清水美那)である。
 これまで恵美子について多くを語ってこなかった。その理由は、彼女は心を閉ざした謎の多い女性であり、彼女について語ることはストーリーをばらしてしまうことになりかねないからだ。しかしもう公開は目前だし、清水美那という魅力ある女優についてはぜひ書いておきたい。 

 恵美子は夢を持って地方(一応福岡県のつもり)から上京した。しかしいま、その夢は音を立てて壊れようとしている。そのうえ誰にも話せない事情も抱えている。必然的に心を閉ざして日々を送らざるを得なかった。
 彼女は携帯電話を持とうとしない。それは、耐えがたい寂しさの裏返しだったかもしれない。電話があるからこそ、誰からもかかってこない寂しさがある。そんな恵美子が、敷居なく人の心の中に飛び込んでいく徹に一目惚れされたのだ。

 この難しい役を、ぼくは20歳の清水美那に託した。
 もちろん若すぎないかという意見はあった。しかし2、3年先には、恵美子と似た経験を清水がしているかもしれない。すでに経験したことを演じるのではなく、演じることで初めて経験するその瞬間をフィルムに撮りたいと思った。あたりまえのことだが、あらゆることが初めての経験から始まっていく。

 清水は「恵美子のような女性は嫌いです」といいながら、とてもよくやってくれた。 
 彼女がどれほどひたむきに恵美子を生きてみようとしたかは、作品を観ていただければ分かると思う。難題を持ちかけられると俄然がんばってしまう役者が、ぼくは好きだ。

 清水を初めて見たのは、新宿の小さな芝居小屋だった。
 勝ち気でわがままな小娘を活き活きと演じていた。
 一年後、ぼくが脚本で参加した『わらびのこう 蕨野行』(恩地日出夫監督)のオーディションで彼女を見た。公募1200人を書類審査で70人に絞ったなかに入っていたのだ。自己紹介と脚本の1シーンを抜粋しての本読みをやってもらった。
 この本読みが、清水は抜群に良かった。
 ほかの子たちがみな上手く読もうとしているのに、清水は少しも上手く読もうとしないのだ。

ヌイ「おばばは帰ってくるか」
団右衛門「……」
ヌイ「帰らぬか」
団右衛門「……」
ヌイ「秋の終わりには帰ってくると言うたやち」
団右衛門「……」
ヌイ「おめは耳なしか!」

 最後の台詞がほかの誰とも明らかに違っていた。
 ぼくは、この子(清水)は、上手く読むことよりも、ヌイという女性の気持ちをひたすら自分の気持ちにしようとしていると思った。
 恩地監督も同じ感想を思っていた。
 こうして、江戸時代の農村の庄屋に嫁いだ若い嫁という、おそらく想像だにしたことがなかったであろう役どころを清水は獲得した。

Warabinokou

『わらびのこう』は四季を撮る作品だった。初夏の撮影のころ、山形県の撮影地を訪ねた。青葉の萌える山間に農家の若い嫁をひたむきに演じようとしている清水がいた。監督に怒鳴られてばかりいた。
「おまえ、ちょっとあっちの陰に行って泣いてこい」と助監督に言われていた。
 それでいいんだ、清水、とぼくは思った。
 得難いものを得ようとするなら、何かを捨てなければならない。オーディションに受かったことなんか自慢すべきことでもなんでもないのだ。作品ができあがったとき、これほどまでに演じきりましたと自信を持って立っていられるためには、ちっぽけなプライドこそが敵なのだ。

 夏の撮影のあと、ぼくは『Breath Less』を撮影した。
 クランクアップの直後、清水は秋の撮影のため再び山形へ飛んだ。
「これでまた、気分を入れかえて、ヌイを演じてきます」と彼女は言った。
 鉄は刀の美を持つまでにどれほど悲鳴をあげたことだろう。そのプロセスこそが、じつは自慢できる財産なのだ。
 新しい役者が誕生する過程に立ち会えたのは、ぼくにとっても得難い経験だった。

下 田「いいんですよ、経費で落としますから」
恵美子「あなた方の経費は、つまりは税金でしょ」
 徹 「一言多くない? 君」
恵美子「二言多くない? あなた。(下田に)私のために来ていただいたのに、
     自分の分しか出せなくてすみません」
       と、スカートを翻して駆けていく。
 徹 「……カッワイイ」
下 田「お前、どういう性格してんだ」

 こうして徹と恵美子の関係は始まるのでした。

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