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2006年3月 2日 (木)

不破万作さんのこと

 映画『Breath Less』では、不破万作さんには筒井道隆くんの先輩刑事・下田を演じていただいた。中年で独身、警察寮住まいで筒井くん(30代)、忍成修吾くん(20代)と同室なのだ。この中年独身刑事の下田が映画の後半、とんでもない事態になってしまう。

 喫茶店で初めてお会いしたとき、不破さんは微笑みながらおっしゃった。
「とんでもない話なんだけど、ぎりぎりのところでリアリティをおさえているよね、このホン(脚本)」
 ぼくはたいへんな褒め言葉をいただいたと感謝した。

 実をいうと、不破さんとお会いするのはこれが初めてではなかった。
 ぼくは22歳のとき、アパートを火事で焼け出された。正月の2日だった。全焼だった。焼け跡に立つ気分ってすごいです。焼け焦げた黒い残骸の山を爪先でつついたら、ギターの弦が6本並んで出てきた。歪んだフィルムの缶も出てきた。書きためていた脚本はその灰すらなかった。
 それからぼくは友人のアパートを転々としながらアルバイトに精を出した。そして決心した。ちゃんとプロの世界に入って、一から修行をしようと。それまでのぼくは、自主製作で好きなときに好きな映画を撮れればいいかなと、かなり甘い考えで映画を捉えていたのだ。

 半年後、ようやく6畳一間のアパートを借りた。住所は杉並区梅里2丁目、この映画の舞台の一角だ。風呂は付いていないから銭湯へ行く。
 一方、プロの世界へ入ろうと決心はしたもののその伝手は何もなかった。考えた末、電話帳から映画を作っていそうな会社を拾い出し、片っ端から履歴書を持って訪ねていった。その数、20社を越えた。すべて門前払い同然だった。

 ある夜、閉店間際の銭湯に飛び込んだ。湯船につかっていると、異様な男たちの群れが入ってきた。顔に奇妙な化粧をしている。すぐに気がついた。そして震え上がらんばかりに興奮した。それは状況劇場の役者さん達だったのだ。上野で芝居を終えて、そのままこの銭湯へやってきたのだ。あとで知ったのだが近くに稽古場があったのだそうだ。
 唐十郎さんがいる。根津甚八さんがいる。大久保鷹さんがいる。十貫寺梅軒さんがいる。そしてもちろん不破万作さんもいた。みんなぼくといっしょに湯船につかっていた。

 自慢ではないが(といって自慢する)、ぼくはそのころの状況劇場の芝居はほとんど見ていた。唐さんの戯曲も出版されたものは読んでいた。あるとき上野の不忍池特設の小屋で、幸いにもぼくらのグループは客席の一番前を確保した。かぶりつきだ。もう役者の汗は飛んでくる。唾は飛んでくる。そして李礼仙さんの指から指輪が飛んできた。芝居がはねて、ぼくらは恐る恐るその指輪を返しに行った。
「ありがと」
 李さんはそういってニカッと微笑んだ。
 その夜、どうやって家まで帰り着いたか、ぼくはまったく覚えていない。興奮をどうやって鎮めたかも覚えていない。

 話を戻そう。銭湯の一件から数ヶ月後、履歴書を持って訪ねたうちの一社から電話があった。助監督に欠員が出たから今日から来てくれということだった。こうしてぼくはプロの世界へ足を踏み入れることができた。
 そして十数年後、ぼくは『湾岸ミッドナイト』で初めて大鶴義丹くんと仕事をした。銭湯では小学校に入る前後くらいの子どもだった。脚本を書いた『わらびのこう』では李さんに出ていただいた。そしてこの『Breath Less』でようやく念願の不破万作さんと仕事ができたのだった。
 筒井くん(徹)と不破さん(下田)のやりとりをちょっとだけ──

下田「俺、寮を出るぞ」
徹「辞めるんですか、辞めて何やるんです?」
下田「辞めるとは言ってねえよ。寮を出るんだ」
徹「でも所帯持たないかぎり出られませんよ」
下田「だからそれだよ。俺が結婚したらおかしいか?」
徹「はい」
下田「この野郎」
徹「でもよく決心できましたね」
下田「(テレて)勢いだよ、勢い」
徹「いえ相手の女性が」
下田「……」
徹「すみません」

 このあと延々と長芝居が続くのだが、筒井くんも不破さんもしなやかに演じきってくれたのでした。

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コメント

先ほど「Breath Less」のことを中心にコメントさせていただきましたが、間違えてしまいました。すみません。

投稿: かぐや姫 | 2006年3月 3日 (金) 16時44分

「あくがれていく」に書いてしまいました。

投稿: かぐや姫 | 2006年3月 3日 (金) 16時47分

こんにちは。
公開おめでとうございます。
私は初日に1列目に座っていた者です。
コメントは最新のところへ書き込んだ方が良いと思ったのですが、監督の経験されたことがとても興味深くあえてここにコメントをさせて頂きました。
私は脚本家を目指し、1年ばかり経ちましたが何も前に進んでいなく毎日苛立ちを感じています。書式と言いますか、書き方ももしかするとまるでなっていないかもしれませんがとにかくお話を書きたいのです。
私なりにシナリオについての本を読んだりして勉強しているつもりですが、監督はどのように勉強されたかとても興味があり失礼かと思いましたが、このような書き込みをさせて頂きました。
ブレス・レスはレイトショーとオールナイトの2回続けて拝見しました。正直とても重いお話で憂鬱な気分にもなりましたが、人間は誰でも陰の部分を持っているのだなと少しホッとしたのも事実です。
これからも益々のご活躍をお祈りしております。

投稿: うっちー | 2006年4月26日 (水) 14時01分

 うっちーさん、朝早くから並んでいただきありがとうございました。
 またレイトとオールナイト、両方をご覧いただいたとのこと、こころより感謝申しあげます。

 脚本について──
 書式、書き方についてはこれまでいろんな脚本家が書いたものが残っていますから、それを3、4本お読みになれば自ずと分かると思います。作家によって書き方は異なります。書き込んでいくことで自らの書き方も身に付くでしょう。
 大切なことは書式ではなく、何を書くか、です。これがずっと付いてまわる課題であろうと考えます。

 ぼくは田舎の高校生だったので近くに映画館がなく、ずっと脚本を読んでいました。すでに映画を見ている作品は、文章とそれが映像になったものを思い返し、未見の作品は脚本を読みながら、それがどんな映像になるのか、自分だったらどんな映像にするか考えました。多くの映画に触れられるようになったのは上京してからのことでした。

「1年ばかり経ちましたが何も前に進んでいなく毎日苛立ちを感じています」

 どのようなことを「前に進む」と考えていらっしゃるのかな?
 1年程度で進歩するほど甘くない、とも言えますし、自らの書いたものを真摯に見つめると、1年でこんなに書けるようになったという喜びもあると思います。
 たぶん、その双方を行ったり来たりしながら、人は努力を重ねるのではないでしょうか。
 挫けず、結果を急がず、がんばって書き続けてください。

『Breath Less』について──
「とても重いお話で憂鬱な気分にもなりました」というご感想は新しい発見でした。そうか、そういうふうに観る方もいるのかと。
 確かに苦悩する人物が数人出てきますね。主人公の徹もけして脳天気に生きているわけではない。哀しい事件も起こる。
 できましたら、どのあたりが重く憂鬱にさせたのか、ご指摘いただけるとありがたいです。次作の糧にさせていただきます。

 ぼくはシラーの言う「苦難を越えて歓喜に至る」というのが好きです。「苦悩を越えてこそ真の歓喜に至る」のだと付け加えて自らに言い聞かせています。痛い思いをして遊びを覚える幼子のように、いくつになっても生きていきたいと考えています。
 近頃は、いま苦しいのは、これからやってくる喜びをより大きくするためなのだと思うようになりました。年取ったせいですかねえ。人生を嘗めているのかも。
 アランの『幸福論』に「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意思に属する」という一節があります。これもすごく好きです。実は『Breath Less』のなかでも台詞にしています。
 またお話ししましょう。

投稿: 渡辺寿 | 2006年4月26日 (水) 16時32分

お忙しいところ、このような温かいお言葉を頂きましてありがとうございます。
私のような者が偉そうなことを申し上げるようで恐縮ですがお許し下さい。
まず憂鬱になったという理由について。
私は、徹は能天気で羨ましいなと初めは思っていたのですが、どんどん色々なことが空回りしているように見え、痛々しく感じました。たぶんそれは、徹だけでなく他の人物にも言えることですが、上手くコミュニケーションが取れているようで取れていないという彼らの心の中の闇を想像してしまったからだと思います。
それを1番感じたのは、取り調べのシーンです。
私はあの場面からガラリと映画の流れが変わったように思えました。だからと言って、あのシーンがなかった方が良いかと言うとそれは違うのです。
あのシーンで色々な人物の心の闇が一度に見えて来ました。とても重要な場面だったと思います。
そのシーンがあって、徹はただの能天気な主人公では全くなく、陰の部分を隠すために能天気なフリをして生きているのではないかと感じ、虚しさを感じた訳です。
でも、最後のシーンがあって私の憂鬱さは消えましたのでご安心下さい。
ここまで書きましたが、上手く伝えられていないような気がします…。すみません。

私は良く考えることがあるのですが、例えば「これが欲しい」と思って何かを手に入れたとします。
その時は嬉しいし、一生大事にしようと思うのです。
でも、たまに虚しさを感じる瞬間があります。結局は全ての人は死んでしまう訳で、この「欲しい」だとか自分が嬉しい、悲しいと思った気持ちは最終的にどこへ行ってしまうのだろうと。
それを言ったら何事も虚しく感じてしまうのですが、今日偶然にも哲学の先生から聞いた言葉というのを耳にしました。その先生曰く
「人が最終的にたどり着くのは諦めること」
ということでした。何だか虚しいですが、私は諦めるまでに全てにおいて夢中で頑張って行きたいと思っています。
話が飛んでしまってすみません。
それでは、監督から頂きました言葉を大事にし頑張ります!
長くなりましたが、ありがとうございました。


投稿: うっちー | 2006年4月26日 (水) 21時36分

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