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2006年2月28日 (火)

おかげさまでアクセス数1000超!

 このブログを開設して昨日でちょうど1週間経ちました。
 そして昨夜、アクセス数が1000を超えました!
 びっくり仰天、狂喜乱舞です。
 いらしていただいたお一人おひとりに心より御礼申しあげます。
 ありがとう!

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2006年2月26日 (日)

みづからを新しく

  

  眼をあげよもの思ふなかれ秋ぞ立つ
  いざみづからを新しくせよ         牧水

 第5歌集『死か藝術か』(大正元年刊行)の一首です。
 5年に及ぶ小枝子との苦しい恋にようやく終止符が打たれ、心身と生活を新しくしようと努力していたころの歌です。ただ心も身体もそうそう単純にはできていない。新しくしようと決意しながらも、意識は過去に執着してしまう。
 歌人・伊藤一彦氏はつぎのように書かれています。

 では、このころの牧水は自己を新しくしつつあったかというと、そうではなかった。眼を閉じて過去へのもの思いにふけり、古い自分をなかなか脱しきれないでいた。そんな苦悩の中だからこそ歌われた一首であることに注目しておく必要がある。
               伊藤一彦著『あくがれゆく牧水』鉱脈社刊より

 偉大な歌人も、思うようにいかない自己と必死に格闘していたのでしょう。
 同じころの歌をもう一首。

  手を切れ、双脚(もろあし)を切れ、
  野のつちに投げ棄てておけ、秋と親しまむ

「手を切れ、双脚を切れ」から「秋と親しまむ」への飛躍がすごい。苛立つ感情を一瞬に浄化してしまう思考のダイナミズムが堪らない魅力です。

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2006年2月24日 (金)

Breath Less 鼎談

 今日(23日)は映画『Breath Less』の主演、筒井道隆くんと清水美那ちゃんと鼎談をしました。撮影中の出来事や作品に対するそれぞれの思いなど、話が弾んで時を忘れてしまいました。
 それを収録したものが、近々、公式サイトに掲載されるそうです。
 筒井くんファン、美那ちゃんファンの方々、乞うご期待!
 終了後、渋谷のバーで一杯、銀座のバーで一杯、チラシとポスターを渡して宣伝をお願いし、最後は大森のバーで一杯。無性に人恋しくなって詩人の佐々木幹郎氏の携帯電話を鳴らしたら、
「おまえはほんとにタイミングの悪いやっちゃなあ」と一喝。
 どうもぼくは、彼が東京にいないときばかり飲みに誘うらしいです。
 そんなわけで終電車で大人しく家路につきました。

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2006年2月22日 (水)

はつとして

  はつとしてわれに返れば
  満目
(まんもく)の冬草山をわが歩み居り  牧水

 街を歩いていて、ふと気がつくとこの歌をくちずさんでいることがよくあります。
 たったひとり、ひたすら歩いているうちに、心はどこかへ行ってしまい、視野から風景が消えてしまっている。はっとして我に返りあたりを見回すと……ってところでしょうか。

 明治43年、牧水25歳の作です。そのころの牧水は恋人・小枝子との仲がうまくいかず、病を得て信州・小諸の田村病院に滞在していました。人生最悪のときといっていいかもしれません。小枝子と別れようと思い、別れられない懊悩の日々は5年に及びました。
 田村病院は旧小諸宿本陣問屋で、現在も保存されています。昨年の秋、無理にお願いして内部を撮影させていただきました。短編小説『裾野』によると、牧水は2階の病室をあてがわれていたようです。

  白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ
  かたはらに秋ぐさの花かたるらくほろびしものはなつかしきかな

 これらも同じ時期に詠まれた歌です。
 当時をフィクション化したものとして『裾野』はたいへん面白いけれど、ぼくは紀行文『信濃の晩秋』が好きです。
 こちらは田村病院滞在を世話してくれた岩崎樫郎医師と11年後に再会するところから書き出されています。列車のなかで偶然出会うのですが、その描写がじつにいい。まるで映画のワンシーンのようです。
 そういえば牧水の歌も散文も、名画のワンシーンを観るような強く鮮やかな印象を与えてくれます。それはほとんどの作品が、実体験、実体感に基づいていて、しかも平易な言葉と表現で書かれているからではないか、とぼくは考えています。
『信濃の晩秋』は岩波文庫の『新編みなかみ紀行』(池内紀編)に収録されていますから容易に入手できますよ。

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2006年2月20日 (月)

映画『Breath Less ブレス・レス』

ぼくの最新作です。
4月22日より、ポレポレ東中野にてレイトロードショーです。

出演者は、筒井道隆、清水美那、忍成修吾、遠藤憲一、高橋理奈、不破万作、本田博太郎、夏八木勲、菜葉菜、忍足亜希子、う~ん、全員書きたいけど……。
舞台は、阿佐ヶ谷(東京・杉並区)です。パールセンター商店街の皆さん、お世話になりました!
音楽はブルースとジャズを併用していて、ブルースはThe Hundredth、ジャズはアルトサックス奏者の小川高生さんにやってもらいました。
「Cでやりませんか?」
「う~ん、B♭がいいなあ」
両者のジャムセッションがラストに聴けます。

『Breath Less』は出会いの物語でもありますが、20年前に書いた脚本がようやく映画化され、公開に漕ぎ着けたことにも、数え切れない良い 出会いがありました。
公式サイトhttp://www.breathless-movie.com/

Breathless10004671418

 



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「あくがれて行く」

  けふもまたこころの鉦(かね)をうち鳴し
  うち鳴しつつあくがれて行く        牧水

若山牧水(1885~1928)の生涯は「あくがれて行く」日々の連続だったように思います。
「あくがれ」の語意については、歌人・伊藤一彦氏が著書のなかで丁寧に述べておられます。それを引用させていただきます。

「あくがれ」の語源は「在所(あく)」を「離る(かる)」、つまり魂が今あるところを何かに誘われ離れ去っていくという意味であり、そこから思いこがれるといった現在の意味が生じただが、牧水は言葉本来の意味の「あくがれ」を持ち続けた人だった。
                   伊藤一彦著『あくがれゆく牧水』鉱脈社より

牧水の歌集はもちろん紀行文にも随筆にも膨大な量の書簡にも「あくがれ」の気持ちがあふれています。それらを少しづつ紹介していこうと思います。

じゃあ、おまえ……、とぼくは自分に問うてみる。
おまえの撮る映画に「あくがれ」はあるか?

いえいえ、問われるべきは、ぼく自身があくがれて行く生き方をしているか否か、であります。

牧水と、ぼくの映画と脚本と、寄せ鍋みたいに語ってしまおうというのは、ちょっと失礼な気もするけれど、ボチボチやってみます。

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