2008年1月23日 (水)

ラジオに出ることになった。

 ラジオに出ることになった。
 ひさしぶりだ。
 銀座の日航ホテルのすぐそばにサテライトスタジオがあって、そこからライブ放送するのだそうだ。
 コミュニティーラジオというのかな、中央区(東京)とその周辺でFMラジオを84.0メガヘルツに合わせると聴けるらしい。

  「ギンザ・エスプリカフェ」
  1月25日(金) 昼12:00~13:00
   銀座TOCOMスクエア・サテライトスタジオより生放送

 30分ほどおしゃべりするのだそうです。
 生放送のあと、録音がウェブサイトにアップされるそうです。
 http://www.ginzaradiocity.com/

 ラジオは大好きなんだけど、サテライトスタジオというのは初めての経験で、丸い金魚鉢に入れられたカメみたいにアタフタするかもしれません。どうしよう……
 

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2008年1月10日 (木)

「わらびのこう」がテレビ放映されます。

 NHK BS2 衛星映画劇場
 1月17日(木) 21:00~23:06

 くわしくは→こちら

 みなさまぜひご覧くださいね。

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2008年1月 1日 (火)

謹賀新年'08

 明けましておめでとうございます。

 若山牧水歌集『黒松』の新年述懐より――

  いつまでも子供めきたるわがこころわが行ひのはづかしきかな

  あわただしき歳かさね来ついま迎ふる今年はいかにあらむとすらむ

  何やらむ事あるごとき気おくれを年たつごとに覚えそめたる

  年ごとにわが重ね来し悔なるを今年はすまじせじと誓へや

 はい、誠にそのとおりであります。
 今年はいかにあらむとすらむ……。

 2008年が良き年となりますように。

   

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2007年11月22日 (木)

『Breath Less』DVD発売です!

 みなさま、すっかりご無沙汰してしまいました。
 すみません。怠けグセがついてしまって。

 お変わりありませんんか?
 ぼくは、辛うじて、生きております。

『Breath Less』のDVD発売が決まりました。
 多くの方々より、いつになったら出すのだとお叱りや励ましをいただきました。
 ようやく……、ホント、ようやくです。

   発売日:  2008年1月25日
   個人向けDVD:  \3,990(税込み)
   発売元:  GPミュージアム
   TSUTAYA、HMV、Tower Recordなど
   CD・DVDショップで予約注文受付中

 ほかにレンタル用のDVDとVHSビデオが同時発売されます。
 VHSはレンタル専用ですが個人での購入も可能とのことです。

Breathless_jkt02_4 先日、久しぶりに筒井クンと会って、DVDに付録する特典映像を作りました。
 こちらもぜひおたのしみに!

 以上、取り急ぎご報告します。
 来月より再び、こまめに更新できるようにしようと思っています。

 みなさん、風邪には気をつけましょうね。   

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2007年2月13日 (火)

『わらびのこう』DVD発売

001_2  映画『わらびのこう』がDVD発売されることになりました。
 ようやくです。

・発売日 2007年2月24日
・発売元 紀伊國屋書店
・定価  \5,670.(個人向け価格)
 くわしくは→こちらを
 『わらびのこう』ウェブサイトは→こちら

 発売に際して、監督・恩地日出夫さんよりメッセージが届きましたので掲載します。

○恩地日出夫監督よりのメッセージ

002_3  映画『わらびのこう 蕨野行』の完成試写会は、2003年1月24日、雪が降りしきる中を、山形県民会館に入りきれないほど集まった人たちとの忘れられない感動的な夜でした。
 あの夜から、いつの間にか4年の歳月が流れました。
 山形の先行上映は、60,000人もの人々にむかえられて上々のスタートでした。その後東京、大阪、福岡と映画会社のルートでの上映は紆余曲折、必ずしも順調ではありませんでしたが、翌年4月、自主上映方式に切りかえてからは、派手ではありませんが堅実に回を重ねて 今日まで、北海道から沖縄まで170ヶ所での上映会を成功させて来ました。ぼくも、呼ばれれば出かけて行って、観てくれた人たちと握手をしたり、映画について話したり、じかに交流して来ました。
 こんな体験は45年の監督生活ではじめてのことでした。
 その中で、遺言のつもりで撮った映画でしたが、みんなに「遺作パートⅡを・・・!」と言われて、ちょっとその気になり始めている今日このごろです。

 そして、こんどDVDが発売されることになりました。
 「映画はやはりフィルムをスクリーンで・・・!」という気持ちは変わりませんが、「こういう形式も悪くないナ」と思えるような画質、音質のものが出来上がりました。
 暗いなかで、沢山の観客とスクリーンの映像を楽しんだ人も、ゆっくり一人で味わってみてはいかがでしょう?
 どうぞ 楽しんで下さい。

                               恩地日出夫

 ぜひよろしくお願いします!

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2007年2月12日 (月)

メデタキコトバカリ

 先月、甥っ子が結婚したことは前に書いたが、5月に子どもが生まれるのだそうだ。我が子同然に思ってきた甥っ子なので、まるで孫が生まれるように心が躍る。メデタイ!
    *
 先週、女優をやっている友人が話しがあるとやってきた。
「子どもができました」
 ぼくの子って意味じゃないよ。
 しばらくは出産と育児に専念するとの報告だった。予定日は9月末だそうだ。メデタイ!
    *
 先日、ひさしぶりに大森の「いっこう」へ行った。
 二輪のレースをやっているT君が長男と次男を連れてやってきた。長男のお嫁さんも一緒だった。その奥さんのお腹が大きい。尋ねると6月に出産予定だそうだ。メデタイ!
    *
 信州の友人よりメールが届いた。
 小津安二郎記念蓼科高原映画祭が第1回シネマ文化賞(主催・シネマ夢倶楽部)を受賞したそうだ。
 蓼科高原映画祭については以前も書いたように『Breath Less』も『わらびのこう』も上映してもらった。今年は10周年を迎える。
 Yさん、Hさんはじめ実行委員の皆さん、おめでとう!
 表彰式は22日だそうだ。メデタイ!
    *
 年初より体調思わしからず、生まれて初めて経験する痛みなどもあったが、ようやく快復した。いまは40日ぶりに無罪放免された気分だ。
 その間、芥川龍之介全集の第2巻と5巻と7巻を読んだ。順序よくできない性格なものでいまは第1巻を読んでいる。とりあえずメデタシ。

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2007年1月19日 (金)

初春月雑感

 元旦より体調すこぶる悪し。
 これは母親譲りか。ぼくの母は元旦によく寝込んだ。年中無休で店(お茶屋)を開いていた。その疲れが正月休みに出るのだろうと子どもながらに思った。
 身体の具合も悪いが懐具合はなおさら悪い。寝正月を決め込むにしくはなし。
     *
 目が覚めると男が立っていた。
 金属バットを下段に構え、いまにも打ち込んできそうな気配だ。目が殺気立っている。
 ぼくは慌てて立ち上がり、防御のために電気スタンドを手探りで探す。しかし掴んだのは電気毛布のスイッチだった。無防備のまま男の前に立ちつくした。目を逸らしたらやられると思った。
「これは夢だ。夢だ。夢だ」
 男の目を見据えたまま、ぼくは叫びつづけた。
 すると男の姿は、ゆっくりと時間をかけて溶けるように部屋の暗がりに消えていった。
 なんちゅう初夢だ。まだ夜明け前だった。
     *
 今年のテーマと目標を決めた。
 テーマは、“音”
 毎年、漢字一字をテーマとしている。昨年は「恕」だった。怒ではありませんよ。
 目標は──、
1.毎日脚本を書く。
2.毎日辞書(書籍)を使う。
3.牧水と龍之介の全集を読破する。
     *
 7日、万年筆のメンテナンスのため新宿・伊勢丹へ行く。
 セーラー万年筆が「ペン・クリニック」を開くのだ。モンブランのマイスターシュティック149と大橋堂の手作り万年筆を持って行く。いずれも20年のつきあいになる。感情をそのままぶつけるぼくの筆圧をよく受け止めてくれている。さぞ閉口していることだろう。
 ペンドクターのKさんがちょっと手を加えただけで、見違えるほど書き味が良くなった。うれしくなってカフェに飛び込み、原稿用紙に龍之介の文章と牧水の歌を書いてみる。繰り返し書く。気持ちがいい。満席のカフェでひとりほくそ笑んでしまった。万年筆の書き味も快楽のひとつだとしみじみと思う。
 以来毎日、龍之介の文章と牧水の歌を原稿用紙に書いている。
     *
 10日、……偶然にすぎないけれどね。
 夜、食料調達のため町田駅付近まで行くことにした。ところが100メートルも歩かないうちに胸が痛みだした。恋の病じゃなくて、胸が焼けるように痛い。いいえ、胸焼けでもなくてね。歩けなくなってその場に座り込んだ。諦めて自宅に戻ることにした。痛みは1時間ほどで治まった。ニュースでも見ようとテレビを点けた。
 ところで、我が家と町田駅の間には、森林公園と見紛うような木立の多い公園がある。春の桜、初夏の青葉がとても気に入っている。国際版画美術館があるのもいい。その公園の中程を横切る公道を、町田駅への行き来にぼくは使う。
 で、テレビを点けた。ニュースを見た。先月、新宿と渋谷で切断された男性の遺体が見つかった事件を報じていた。今夜その男性の頭部が発見されたという。発見された場所が、ぼくが歩けなくなったところから5分ほど先へ進んだところだった。
 翌日、その地点へ行ってみた。捜査はすでに終わったようだが、ブルーシートは張られたままで警備の警察官が立っている。その傍を小学生たちが集団下校していく。なぜこんなところに遺棄したんだろう。一刻も早く遺体を手放したかったということだろうか。
 報道によると、容疑者は町田に土地勘はなかったと供述しているという。また遺棄したのは先月17日の昼間だったらしい。
 その日の自分の行動を日記で調べる。遅い午後、その道を歩いていた。ぼくは容疑者とすれ違っただろうか。
 愛が憎しみに、喜びが悲しみに、そしてその逆も、人は常に変化しつづけているのだろう。牧水の歌が浮かぶ。

  とこしへに解けぬひとつの不可思議の生きてうごくと自らをおもふ 牧水

     *
 部屋の配置を換えた。
 仕事机の位置を思い切って変えた。部屋が幾分広くなったように感じる。気分が少しだけ軽くなった。
 それにしても驚嘆するはパソコン関連機器のコードの夥しさよ。
     *
 16日、監督の友人と会う約束をしていたが胸が痛んで動けない。
 新年早々、友人との会合をいくつかキャンセルしている。いかんいかん。
     *
 17日、別れた嫁さんの三回忌。
 出しゃばってはいけないと、ひとり静かに冥福を祈る。

  書き終へしこの消息のあとを追ひさびしき心しきりにおこる 牧水

     *
 明日(20日)、帰郷する。
 甥っ子の結婚式だ。帰郷するたびにサッカーボールを蹴り合った坊主があっという間にぼくの背丈を抜いて、大人になってもぼくのことを「兄ちゃん」と呼ぶ。
 披露宴では、両家を代表して謝辞を述べることになった。その雛形を式場からもらったがどうも気に入らない。あれこれと考えて、ここはやはり牧水の歌を一首、盛り込むことにした。

  手をとりてわれらは立てり春の日のみどりの海の無限の岸に 牧水

 そうだ。誰もが春の日のみどりの海の無限の岸に立っている。

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2007年1月 1日 (月)

謹賀新年

 おめでとうございます。
 ありがとう、2006年。
 こんにちは、2007年。
 本年もよろしくお願いします。

 若山牧水が大正7年の雑誌『創作』新年号にこんなことを書いています。
 牧水の歌に対する態度、信念がよく現れていると思うので、ちょっと長いけれど全文掲載します。

   ひとり言

    新年の賀状に代へ、この一文をわが読者に送る
    ○
 輝け。
 ひややかに輝くと、火のごとく輝くと、そはその人の本然に拠る、とにかく輝け。
    ○
 寂は輝の極り沈みたるものである。
 輝くことなくして、先づ寂をねがふ愚及び難し。
    ○
 自己を知れ。
 否、修養書のいはゆる「自己を知れ」ではない、根本的に自分の生きていゐことを痛感せよといふのだ。
 やがて生命のなやみは起る。
 詩歌──すべての創作はその悩みから生るる。云ひ得べくんば、純真無垢のこころの輝きは其処から発する。
    ○
 自己を知らふとする努力に、読書、思索、而して創作がある。
    ○
 全身的であれ。
 井戸端会議式の不平や、いつの間にか狡猾な習慣の老婆から押売せられてゐた趣味や興味や、若くは不良少年式の小手先の冴えや、それらは殆ど作者自身真実自分に関係のあることか無いことかを危ぶむ程度のものが多いのだ。其処に何のひかりがあろうぞ、ありとすればそは僅かにガラス玉のひかりである。
 自己全体を自然の前に神の前に投げ出して初めて其処に純真無垢の自然の光が宿る。謂はば、その光の発する時、われみづからが神であり、自然の表象であるのだ。
 その光をすなはちわれらはわれ等が歌に点す。
    ○
 われみづからの小さき知慧にたよるな。
 おのれを空しうしてただ神の前に立て。
    ○
 おのれだにきよからば路傍の草にも神を見る。
 おのれだにきよからば随所に輝く歌を見る。
    ○
 友よ、歌をうたはむ。
 わが生(よ)のあかしのために。
 いのりのために。

 牧水の弟子であった大悟法利雄氏は、元旦の牧水の様子を著書『若山牧水伝』に書かれています。
「元旦はまだ除夜の鐘の鳴っているうちに目をさました。そしてその鳴り終わるのを聞いて静かに起きあがった。顔を洗い火鉢の火をかき立ててから机と原稿紙とを持ち出したが、やがてまたそれを片ずけて酒の用意を始めた。湯をわかし、食卓を出してから妻を起こした。午前二時である」

 いまちょうど午前2時になるところです。
 2007年が皆さまにとって佳き年となりますように。

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2006年11月29日 (水)

山一のしいちゃん

 このブログに時折コメントをいただいているなななかばさんは、ぼくにとっては先輩映画監督である。もう10年を越すお付き合いをさせていただいている。
 まだe-mailがない時代、パソコン通信で将棋を指したりした。一手ずつメールで送るのだ。勝負がつくのに3ヶ月ほど要した。いまでは隔世の感がある。
 作品の批評をめぐって口角泡を飛ばすことも度々だ。殊に脚本の作り方についてはかなり考え方が違うように思う。そのくせ新しい脚本を脱稿すると、ぼくは誰よりも先になななかばさんの意見を求めるのを常としている。

 なななかばさんの母上がお亡くなりになって一周忌がやってきた。
 それを機に、なななかばさんは母上の詠まれた短歌を一冊の本にまとめた。私家版である。
 表題に『命いとしみ』とある。扉を開くと、巻頭に一首ある。

  8キロもやつれて退院せし此の身命いとしみ口紅をさす

 87歳の御作である。
「口紅をさす」がいい。女性はいいなあ。男のぼくは、87歳の時、命いとしみ何をするのだろう。
 そのページをめくると一葉の写真が出てきた。傷ついたセピアの画面の中で若い女性がじっとこちらを見つめている。断髪、傾けてかぶった帽子に洋装、軽くとじた唇にきりりと紅が引かれている。なななかばさんの母上はモガ(モダンガール)だったのだ。しかも美しい。並みの美しさではない。こんな美しい女性からなななかばさんが生まれるのかと目を疑わずにはいられない。ほんと。

「私はお転婆できかん気だったから、男の子にも負けなかった」
 と、聞き書きの冒頭に記されている。
 これは、なななかばさんの奥様が母上(義母)から思い出を聞いてメモされていたのもだ。
「すぐ上の文子姉さんが泣かされて帰ってくると、私が出て行って男の子をひっぱたいて仕返ししてやったわよ。『山一のしいちゃん』といえば知らない人はいなかったわね」
 大正3年生まれのお転婆娘・山一のしいちゃんは、松竹蒲田撮影所から女優にならないかと誘われたことが自慢で、モガとなり、東大生じゃないと結婚しないと宣言し、反対を押し切って東大生と結婚し、鉱山技師の夫と各地を転々とし、満州鉱山の支社(現在の北朝鮮)に着任中生まれたのがなななかばさんなのだ。
 やがてなななかばさんも東大を卒業し、松竹大船撮影所の助監督となる。
 面白いのは、同じ年、母上が8ミリカメラを買い、旅の記録などの撮影を始められていることだ。息子とともに映画を学ぶようなおつもりだったのかもしれない。

 母上は40半ばより、時折短歌を詠まれるようになったそうだが、好奇心は加齢とともにいや増していったように思える。もちろん病は避けられない。心筋梗塞、口腔癌で入退院を繰り返しながら、しかし、まるで病と追いかけっこをするように、未知のものを吸収されていった。
 64歳で浅紅会に入会。同時に通信教育で書道を学び、展覧会にも出品。
 74歳、大正琴を習いはじめる。
 83歳、NHK学園の岡井隆短歌教室に入学。新宿の教室に通う。「万葉集を読む会」にも入会。お茶の水へ通う。全国短歌大会にしばしば入賞する。

  我が命未だしとばかり朝顔の白菊にからみ紫に咲く

  癌を病む母を見舞はむと子をひきて出てゆく嫁の肩のあはれさ

  片手あげて角を曲がりし息(こ)のバイク音消ゆるまで門に佇む

 そうだ、なななかばさんはかつてハーレー・ダヴィッドソンを駆っていた。

  死ぬるまでこれだけの本は読みたしと書棚の前に佇ちし夫想う

  いつの間に生をうけしや金魚の子絹糸のごと藻の間に浮ぶ

 いかん。読み進めるうちに涙がにじんだ。知らぬ間にぼくの母をダブらせてしまっていた。ぼくの母は文学とは無縁の人で、商売一筋、好奇の眼をほかに移すことはなく、花登筐のテレビドラマを観るのが唯一の楽しみだった。すこぶる美声の持ち主で、女学校で全校生徒の前でしばしば独唱させられたというのが自慢だった。彼女はなななかばさんの母上よりも7年遅く生まれ、2年早く逝った。

  病室のまどは額縁日々変る浮雲の絵ぼたん雪の絵

  いくたびの病てふ敵とたたかいつ新春(はる)を迎えし命いとしき

 聞き書きに、長女(なななかばさんの姉)が生まれたときのことが語られている。
「一四年の四月だったけど、北海道はまだ雪の中だった。
 産気づいたので産婆さんを呼ばなければならないのに、仙太郎(夫)はスキーも出来ずオロオロするばかりでね。
 鉱山事務所の小使いさんがスキーで呼びに行ってくれた。
 産婆さんもスキーでかけつけてくれたけど、二時間以上も待たされてね。
 長かったわよ」

 たったこれだけの言葉に中に、人間の豊かなドラマが溢れている。生きた人の言葉のすごさだ。
 ぼくは、私家版が大好きである。市販本のような装丁が望めないのはもちろんだが、袋とじのページの折り目にも、筆者や編者の思いが閉じ込められているように感じる。
 人が生まれ、生き、死ぬ。市井の人の生涯こそが至上の芸術なのだと改めて思った。
 歌集の最後のページで、なななかばさんの母上は詠む──

  カーテンを明ければ朝日輝きてここより私の今日がはじまる

 ご冥福をお祈り申しあげます。
 なななかばさん、すばらしい本を頂戴しました。ありがとう。

     分室「立ち話屋Breathless」では、映画『Breath Less』について
     感想、意見などを立ち話しています。質問もどうぞ。
     『Breath Less』迷言集はじめました。→クリック!

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2006年11月24日 (金)

大阪上映、終わりました。

 いま20時50分をすぎました。
 大阪上映、終了です。
 早かったねえ、1週間。あっという間でした。
 ご覧いただいたすべての方にお礼が言いたいです。
 ありがとうございました!

 つぎの上映地は、いまのところ未定です。
 決定次第、ご報告します。
 つぎの作品も、早く撮りたいです。
 決定次第、ご報告します。

  わが行くは山の窪なるひとつ路冬日ひかりて氷りたる路  牧水

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